ご訪問いただきありがとうございます。
たっくまん@18年目高校教員のブログへようこそ!!
ブログに書くことが全く思いつきません笑
そんなこんなで自分のプロフィールページを久しぶりに見てみました。
そういえば、こんな気持ちでブログ始めたんだったなと..
最近は、ブログの内容も迷走していて
なかなか更新もできていません
ちょっと初心にかえる意味も込めて
自分の人生振り返ってみるのも悪くないかなと思いまして
誰も興味ないかもしれませんが笑
気にせずいきます
なぜ教員を目指したのか
僕は父親の影響で中学校から陸上競技:中長距離を始めました。
中学、高校とそこそこの成績(全国大会にギリギリ出れるレベル)だったので、
なんとか大学にも推薦で入学できました。
大学は箱根駅伝を何度も優勝するような伝統校で
監督は怖くて有名な方でした。(駅伝好きな方ならわかるかな笑)
いわゆる鉄拳制裁。
監督がグランドに出てくる日はとても憂鬱でした笑
Sさんとの出会いが僕を変えた
そんな大学時代に一つ上の先輩Sさんとの出会いが
僕を大きく変えてくれました。
Sさんは、福島県の超名門校出身でインターハイでも入賞されていて
大学でもインカレ等で入賞される方でした。
出会いは衝撃的で今でも忘れない入学前の合宿。
金のネックレスをジャラジャラとつけ走っている人がいる…
「なんだこの人は?」が第一印象
そんなSさんは、中学、高校と陸上はされてはいるけれど
地元では有名なヤンチャな方だったようで
あの怖い監督もSさんには一目置いていたようでした。
最初はビビりまくりでした笑
きっかけ
Sさんに惚れ込んでしまった僕は、大学2年生の頃からずーっと
くっついていました。まるでストーカーのように笑
それくらいかっこよくて、男らしい兄貴でした。
何きっかけでSさんにくっつきまくっていたかは忘れてしまった笑
しかし、そのSさんが福島県の教員になると聞き
卒業後には、地元に帰る気だった僕は
今後もSさんと同じステージに行くために教員になるしかないと
3年生の夏に決心しました。
採用試験
大学4年の頃、教育実習で地元に帰り1度目の採用試験を受けるチャンスがありました。
当時からとてもめんどくさがりで、頭の悪かった僕は採用試験の受け方すら知りませんでした笑
友人に受験方法を教わり、当時の彼女に要項を教育事務所にとりに行ってもらうという..
自分で行けよって話ですね笑
それぐらい当時の僕はダメ男でした。
さらには、提出書類の「志望理由」や「自己 PR」を書けず、さらに写真を貼るのが面倒で
書類を提出しないというダメ男ぶり…
教育実習終了後も就職活動なっか全くせず(当時は就職氷河期)
結局卒業後は、実家でパラサイトしながら近所のホームセンターでアルバイトしてました
親は高いお金出して大学まで出したのにって思っていたと思いますが
何も言わずに住まわせてくれました
臨時的任用時代
1年間のアルバイト生活ののち
・「聾学校中学部」
・「施設管理財団 非常勤嘱託職員」
・「総合支援学校」
を経て、なんとか採用されました。
ダメ男ぶりはちょっとずつ改善されながら合格。
やはり人間が成長しないと夢は叶いません笑
採用から18年
採用されるまで5年。
先ほども書きましたが、合格した時は自信しかありませんでした
絶対合格するって確信にも近いものがありました
だから、面接でも全くビビることなんてない
18年経ってみて次のステージを考え始めている今、
あの確信にも似た感覚が出るまで学ばないと
次になんていけないなと思いました。
しかし振り返ってみると、書けることいっぱいありますね笑
時々、記事に困ったら、こんな感じで振り返ってみようかな
最後までお読みくださりありがとうございました♪