9月が静かに終わろうとしている。
最終日にあたりいろいろと振り返ってみたい。
自分自身の覚悟の確認も込めて..
Rebuild Days
「55歳までに人生を再構築する」と決めてから、早2年が過ぎようとしている。紆余曲折を経て、ようやく今の形に落ち着いてきた。
これまでは、「周りを変えよう」「環境が悪い」などと他責思考ばかりで、自分自身に矢印を向けていなかった。
けれど前任校でのあるトラブルをきっかけに、
「このままでいいのか?」
「このままでは自分を保てないどころか成長しないのでは?」
と痛感し、何かを変えようともがき始めた。
あらゆるSNSにアカウントを作り、コンサルを受け、現状を変えようと必死だった。そこで気がついたのは、
「変えるべきは、環境よりも自分自身である」
ということだった。そして何より、心躍るような目標を持ってもう一度地道に積み上げたいと心から思ったのだ。
はじめはSNSを必死に更新した。毎日毎日インスタのストーリーズやXのポスト、standFM..。薄く弱いつながりはできるものの、何かが積み上がっていく感覚はなにひとつなかった。
そこから考えに考えた結果、たどり着いた答えが、
「心と身体をもう一度鍛え直すこと」だった。
毎朝10kmは走っている。2023年から「自分の現在地を知る」ために毎年北九州マラソンにも出ている。
その北九州マラソンで今年、見事に撃沈した。
この撃沈は、想像以上にキツかった。
「毎朝10km走るだけでどこまで行けるかやってみる」なんて大きな事を言っていたことが今となっては、とても恥ずかしい笑
北九州マラソンの撃沈から4ヶ月。とあるYouTube動画に出会った。30代前半の好青年が「100日プロジェクト」と銘打ち、自らの身体を作り上げていく記録だった。
これを見たとき、体に衝撃が走るのを感じた。
「これだ」と…
過去の栄光にすがり、ただ無思考で走っているだけの自分との差は歴然だった。食事や睡眠まで徹底的に考え抜いてトレーニングしている姿。
その動画を見たとき、正直に言って「負けたくない。こんな身体に人生で一度くらいなってみたい」と心の底から火がついた。
60点思考で回し続けた、月間211kmの地層
あーでもないこーでもないと試行錯誤しながら続けていたRebuild Days。
腹を括り、毎朝何をするか決めてから取り組む。100日プロジェクトが始まってしばらくしてから、「新プロトコル」が完成した。
そのプロジェクトも今日で30日。100日プロジェクトの3割という、ひとつの節目にたどり着いた。
この1ヶ月で新プロトコルを導入し、身体の使い方も日々の時間の削ぎ落とし方も、ずいぶんと景色が変わってきた気がする。
それは決して若い頃のような、気合いや根性などの精神論だけによるものではない。
「毎日100点満点を狙う事を捨てる」
「プロトコル全体を60点でいいから回し続ける」
そう言い聞かせながら、朝の重い身体を布団から押し出し、結果として9月は「211km」走り、「11回」ジムへ通った。
完璧を目指していたら今ごろは、故障するか心折れてやめていたはずだ。やめたところで誰からも文句言われることはないしね笑
現役を辞めてから今まで避けてきたきついこと、追い込むことに自らもう一度頭から突っ込んでいく。
自力では抗えない天候や投資の痛手には冷静に境界線を引き、自分でコントロールできる肉体と規律だけに集中する。
足し算ではなく引き算。
無駄なこだわりや固執を捨てた先にたどり着いた「60点思考」こそが、大人の身体と生活を壊さずに前へと進める唯一のOSだと確信できた30日間だった。
身体が整うと、周りの見え方が変わる
4つのカテゴリを設定し、PDCAを回して行く中で徐々に生活OSが回り始めたなと感じられることが多くなった。
心と時間にわずかな余白が生まれると、自然と外というか周りへの眼差しや他者への関心が静かに変わってくる。
僕は高校教師として教壇に立ち始めて22年目になる。
正直に言えば、僕自身は職員室など職場において孤独を感じたことはない。ありがたいことに先輩や同僚に恵まれ、自分の足で立ち、日々の業務を淡々とこなす術を身につけることができている。
だけど、周りを見渡した時に感じる違和感は年々色濃くなってきた。
担任としての責任、生徒指導の理不尽、部活指導の負担、保護者対応…。時代が進み、科学がどれだけ発展しても現場の課題はなくならない。むしろ悪くなっている実感すらある。
職員室では多様な校務に追われ、弱音を吐き出す暇すらない。さらには、県教委や文科省から降ってくるアンケートやら研修の山々…。
「Build&Scrap」どころか「Build &Build」やん?
指示を出す方からすれば、「課ごとに一つ」くらいに思っているのかもしれないが、受け取る現場からすれば3つも4つも同時に抱え込まされる。
最近では、一部の不祥事のせいで真面目にやってる教員にそのしわ寄せがくる。
明日も、県内一斉綱紀保持研修って…
そんな理不尽な状況の中で、静かにすり減っていく同僚たちの背中をこれまで何度も見てきた。
(僕自身は「スルースキル」があるので、上手にかわしてきたけど笑)
今朝のニュースでも、日本の教員の仕事満足度がOECDの中で最下位だと報じられていた。残業や待遇への不満が並ぶなか、国は「教職の魅力を発信する努力を」などと論点をずらしている。
現場にいる人間からすれば、ちゃんちゃらおかしい。
足りないのは「魅力の宣伝(足し算)」ではなく、無駄な校務や研修という「削ぎ落とし(引き算)」だ。
必要なのは、励ましより「止まり木」
そんな過酷な現場ですり減っている先生たちに必要なのは、ギラギラした自己啓発でもなければ、無責任な同情でもない。
「もっと頑張れ」という足し算の言葉は、すでに限界まで背負い込んでいる先生方にとっては心を折る凶器にすらなりうる。
「もう十分頑張っているよ…」
そんな心の声が聞こえてくるのは、決して僕だけではないはずだ。
必要なのは、息を心を整える場所。
何も語らなくていい。
誰にも気を使わず、肩の荷を下ろし、ただ無言でグラスを傾けられる止まり木。
話したい、聞いてほしいと思えば口を開き、アドバイスが欲しければ問いかけてみる。そんな静かな場所。
私自身、たいそうな人間ではない。しかし、ここまで現場でサバイブしてきたという自負はある。
49歳になっても、もがき言い訳しながら、身を削り、人生を面白くしようと組み直している。
そんな姿そのものをカウンターの奥から静かに晒し続けたい。
「こんな大人の生き方もあるのか」
「完璧じゃなくていいんだ」
そうやって誰かがふと足をとめ、明日また教壇に立つための呼吸を取り戻せるなら、この日々の泥臭い記録にも大きな意味がある。
路地裏に、静かなBARを開けておく
9月のリビルドを越えて、10月へ。
僕のプロトコルはここからさらに加速し、深まっていく。
そして、このブログという本拠地の奥深くに、現場で共に戦う教員のための小さな隠れ家を開けてある。
賑やかに盛り上げるつもりはない。
無理に言葉をかわす必要もない。
ただ、夜と朝の間に静かに息をつける場所として。
背追い込みすぎ、疲れ切った誰かが
ふらりと扉を開けられるように、厨房の奥で自分を磨きながら待っていたい。
今日も淡々と走り、淡々と鍛え、淡々と教壇に立つ。
小さな積み重ねが、やがて大きな力となると信じて。
最後までお読みくださり
ありがとうございました♪
明日からはまた【RAW LOG】を刻みます。それではまた次回の記事でお会いしましょう!!
【SOL teacher’s BAR のご案内】
日々の重圧や現場での葛藤を、一人で背負い込む必要はありません。
静かに自分を整え直したい教員のための、小さなクローズドの止まり木(Discord)を開いています。
無理な会話は不要。読むだけ(ROM専)も歓迎しています。
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