僕が教員を目指したのは
大学2年生の終わり頃。
幼い頃、母親には教員になれと
言われていたがそんな気は
さらさらなかった。
そんな僕が教員を目指し始めたのは、
1つ上の先輩に出会ったからだ。
元ヤンキーでやんちゃだけど
かっこよくて後輩や仲間の面倒見が良くて…
僕にはないものばかり持っていて
憧れ、24時間くっついて回った。
その先輩が教員になるといって卒業された。
僕も同じ道をいく。
そう決めた。
教師になるまでに6年かかった。
それほどまでになりたかった。
ロストジェネレーションということもあり、
就職先がなかったこともある。
しかし僕には教師になって
バリバリやる自信しかなかった笑
初任でついた学校は田舎の進学校。
県内最後のオアシスと言われるくらいの
落ち着いたいい生徒ばかりの学校だった。
その時に一緒に働くことになった3人の
先輩先生との出会いが僕の教師人生の
スタートとなった。
僕には、20年前から目指している
教師として人としての理想の姿がある。
「部活で活躍する選手を育てまくっている自分。」
生徒、保護者にしたわれ、
全国大会の常連で日本一を何人も出している。
僕の元で学びたいと生徒が集まってくると
本気で信じていた。
自分の信念を持ちブレず焦らず止まらず
進化し続けている。
謙虚で好奇心旺盛。全国飛び回って
いろんな人に会い、学びまくって…。
プライベートではお金にも余裕があって、
自己投資して成長を止めない。
好きなモノ、こだわりのモノに
囲まれていて他人のために惜しまず
お金を使える人間になっている。
はずであった..
しかし現実は甘くなかった。
2校目の転勤ではやったことのない
専門外の種目の担当となった。
(でも、結果ここでの勤務時に
お世話になった先生方にさらにお世話になる
のだけどww)
この時は、こんなことをやるために教員になったんじゃないって
世の中を恨んでいた笑
3校目の転勤でようやく本来やりたかった
部活を持つことができた。
最初の頃は人数も少なくモチベーションも
あまり高くない生徒たちをどうやってその気に
させるか?ってところから始めた。
ようやく形になり始めた頃、
全国で入賞できそうな選手たちと
出会えるようになった。
が、そんなある日、
生徒、保護者から反乱が起きて部活が崩壊した。
あの時は最初、なぜ?と思った。
これほどやっているのに?という思いから、
だんだんと怒りへと変わっていった。
ふざけるな。嫌ならやめていいと思った。
保護者説明会となり部員同士、保護者同士の中も割れた。
あぁ、崩壊させてしまった…と情けなくなり、
指導できなくなった。指導することが怖いとすら思った。
そんなこんなで転勤となり今の学校へ。
今の学校は進学校で部活動は
それほど盛んではなく、
僕自身もあまり全身全霊で取り組めていない。
前任校で崩壊させたことが響いていることも
否めないけれど、あの頃の威勢はない。
仕事はそれなりにこなせるし
重要な役もやるようにしている。
しかし、指導力とか人間性の魅力、
教師力が目指すところに辿り着いているかと
言われればとてもそうとは思えない。
でもまだ諦めきれない自分がいる。
だから手を替え品を替え、
学びになりそうなものは
片っ端から試している。
SNSも恐れずチャレンジし
未だになりたい自分を求め
もがき苦しみながら追い続けている。
少しでも近づきたい。
初任の頃に憧れた全くタイプの違う
3人の先生方に追いつきたい。
あの頃の先輩方と同じ歳になった今、
あの頃の先輩方のようになれたかと
言われれば遥か遠く及ばない。
だから今も目指す方向を見つめあらゆることに
チャレンジしている。
朝活をはじめ、ジャーナル、手帳術、耳学習…
何をどうすれば理想に自分に近づけるのか。
「道は、未だ半ば。
それでも、歩くのをやめる気はない。」

