tackman※この記事は、2025年を振り返った記録の後編です。
前編では、自由を求めてもがいた一年の前半を振り返りました。
2025年後半、
前半とはまるで別の時間を生きているような
感覚がありました。
前期は、
とにかく苦しかった。
自由を求め、もがき、反発し、迷い続けていました。
後期に入ってから、
同じ現実は変わっていないはずなのに、
見え方だけが少しずつ変わっていったように思います。
教師であることを、もう一度信じられた出来事
生徒がインターハイに出場したとき、
正直、驚きました。
もちろん、
「行けるぞ」「行こう」と声はかけ、
できうる限り最大のサポートはしてきました。
それでも、
心のどこかで
「本当に行けるのか?」と半信半疑だった
というのが本音です。
あの結果を見て、
やはり、まじめにコツコツが一番強い
そう、あらためて感じました。
同時に、
「これでいいんだ」
そう思えた瞬間でもありました。
教師として、
過剰に構えすぎなくてもいい。
枠にはめすぎなくてもいい。
そんなふうに、
肩の力が少し抜けた気がします。
会うべき人に、会いに行ったという事実
2025年は、
「会いに行く」という選択をした年でもありました。
コミュニティを通じて知り合い、
京都まで会いに行った小学校の先生。
年齢は僕よりもずいぶん若いですが、
知識の量、思考の深さ、言葉の選び方…
どれをとっても、
心から尊敬できる先生です。
実際に会ってみると、
想像以上でした。
オンラインで感じていたものが、
現実の空気をまとって立ち上がってきた感覚。
「世界は、思っているより広い」
そう、実感できた時間でした。
東京と母校で、自分の時間軸に戻った
2025年は、
東京に行く機会にも恵まれました。
その中で、
卒業以来初めて母校にも足を運びました。
校舎を歩きながら、
ふと、こう思いました。
「ああ、自分はここから来たんだな」
今の自分だけを見ていると、
視野はどうしても狭くなります。
過去の自分と現在の自分を
同じ時間軸の上に並べたとき、
少し冷静に自分を見られるようになりました。
後期の自分に芽生えた、はっきりした欲求
2025年後期、
自分の中にはっきりとした欲求が芽生えました。
もっと、いい男になりたい。
もっと、いい教師でいたい。
ちゃんと年齢を重ねた、イケオジになりたい笑
これは、
若さへの執着ではありません。
人生の後半戦を、納得して生きたい
という欲求です。
55歳までに、
自分で自分のことを決めている感覚を持ちたい。
お金も、時間も、
自分が納得できる形で使えている自分でありたい
「OSを整える」という考え方との出会い
そんな中で出会ったのが、
OSを整える という考え方でした。
それまでの自分は、
- 変わらなきゃ
- 成長しなきゃ
- もっとやらなきゃ
と、常に足し算で考えていました。
結果として、
あらゆる情報につまみ食いのように手を出し、
何も変わらないまま疲弊していました。
そこで出会ったのが、
- 整える
- 減らす
- 作り直す
という発想です。
これは、正直、青天の霹靂でした。
Rebuildという言葉が、しっくり来た理由
Rebuild(再構築)という言葉は、
今の自分に、驚くほどしっくり来ました。
壊して、逃げるのではない。
ゼロからやり直すわけでもない。
これまで積み上げてきたものを、
一度立ち止まって見直し、
組み直していく。
その感覚が、
いまの自分にぴったりだったのです。
もしこの考え方に出会っていなければ、
手帳を整えることも、
身なりを見直すことも、
「整える」という視点自体、
生まれていなかったと思います。
ブログが「自分の場所」になった
放置していたブログが、
ようやく「自分のもの」になったと感じています。
誰かに評価されるためでも、
正解を書こうとするためでもない。
考えたことを、逃げずに置いておく場所。
それがあるだけで、
気持ちが整う。
そんな感覚を初めて知りました。
2025年は、始まりの年だった
2025年は、
決して穏やかな一年ではありませんでした。
苦しくて、
格好悪くて、
迷いだらけでした。
それでも、
この一年がなければ、
人生後半をどう生きるか、
本気で考えることはなかったと思います。
2025年は、
終わりの年ではなく、始まりの年。
ここから先、
この場所に、
考えたことを積み重ねていきます。
答えは、まだ出ていません。
でも、進む方向だけは、
確かに見え始めています。
2025年後半は人生を前に進めた年というより、
人生を組み直し始めた年だった。



2026年は、整え始めた人生を、
実際に使いながら確かめていく年にする。











