また一つ、年を重ねた。
目が覚めた時、少し何かが変わっているのかと
少し期待していたけど何も変わっていなかった。
当たり前だけど
それでいいと思う。
誕生日に暦を読む。
48歳が終わり、49歳が始まった。
特別な朝を少しだけ期待していた自分がいた。
変わらない朝が教えてくれること。
葦始生(あし はじめて しょうず)
七十二候 第十五候|水辺に葦の芽が出始める頃
何も変わらなかった、という事実
今朝も同じ時間に起きた。
着替えて、走り出した。
空の色も、風の感触も、昨日と何も変わらない。
誰かから連絡が来るかもしれない、という淡い期待もあった。
でも、来なかった。
48歳から49歳へ。
数字が変わる瞬間に、
何かが変わるはずだという幻想を人はなぜか持ちやすい。
元日の朝に似ている。
でも現実は静かだ。
五黄中宮という特別な位置
九星気学では、
自分の本命星が「中宮」に回座する日がある。
私の本命星は五黄土星。
今日がその日にあたる。
中宮とは、9つの宮のうち中央に位置する場所のことだ。
そこに本命星が来るとき、エネルギーが最も集中し、
「自己の核に帰還する」日とされる。
派手に何かが動く日ではない。
むしろ逆で、外に動くより内に還る日。
誕生日と中宮が重なるのは、
偶然ではなく必然だと思っている。
誕生日とはそもそも、
一年というサイクルの起点に帰還する日だからだ。
自分の核に、静かに戻る。
葦は泥の中から出てくる
今は七十二候でいう「葦始生」の候だ。
水辺に葦の芽が出始める頃。
葦が芽吹く場所は、きれいな土ではない。
泥の中、水の底。
誰にも見えないところで根を張り続けて、
静かに上へ向かう。
芽が地表に出るとき、
それは突然に見えるが、
実際には長い時間の蓄積の結果だ。
49年間を振り返ると、
「変わった」と感じた瞬間はほとんどない。
でも気づいたら変わっていた、という感覚はある。
それが葦に似ていると思った。
変化は派手じゃない。静かに、下から来る。
積み重ねだけが、軸になる
今の自分が考えていることを正直に書くと、
「軸」というものは作るものじゃないと思っている。
宣言して生まれるものでも、
決意して持てるものでもない。
何も変わらない朝に、
それでも走る。
誰にも見えないところで、
それでも積み重ねる。
その繰り返しの中に、
気づいたら軸がある。
葦の根っこのように、
泥の中に静かに張っている。
今日、50歳の最初の朝は、
昨日と同じ景色だった。
それが答えだと思っている。
おわりに
葦始生の季節は、
4月の終わりまで続く。
水辺を歩く機会があれば、
足元を見てほしい。
泥の中から、
細い緑の芽が出ているはずだ。
誕生日に暦を読む習慣を持つと、
自分の節目が季節の節目と重なって見えてくる。
今年の私には、葦始生が重なった。
泥から芽吹く候に、49歳が始まった。
それだけで、十分な誕生日だと思っている。





